アクティブシニア・リタイア後の楽しみ方 海外生活 インドネシア 第一回

海外生活(インドネシア)

 

はじめに

私は現在67歳9か月、約1年半前に日本のメーカーを完全に退職しました。このまま日本に居ると、世間でよく言われる家庭の厄介者となってしまうことを恐れ、サラリーマン時代に慣れ親しんだインドネシアでの単身生活を始めました。

ここで言うアクティブシニアとは、サラリーマン人生を終えた後の第二の人生を、行動的になお有意義に過ごすシニアのことです。

特に欧米のシニアは、就労中から早く退職したいと言う人が多くおります。今まで時間が無くやれなかったことを、趣味(海外旅行、ゴルフ、釣り等)や気の合った仲間との時間に当てようと考えているようです。

私がブログを始めるきっかけは、アクティブシニアとしての実践記録と、今までの人生で蓄積してきた知見や物の考え方などを記録に残したいと思ったからです。

まずは私自信とインドネシアとのつながり

私がインドネシアを初めて訪れたのは、今から30年前の1991年でした。その当時の私は、東南アジアは全て北半球だと思っており、飛行機が赤道を通過した時ビックリしたことを思い出します。

今でも東京からジャカルタまでは直行便で7時間かかる、かなり遠い国です。

その当時の首都ジャカルタは今とはまったく違い、飛行場から市内へ向かう道にはSony, Sanyo, Toyota,Komatsuなど日本企業の看板しかありませんでした。まさに日本人が海外で企業戦士と叫ばれていた時代でした。

今は残念なことに日本企業の看板はほとんど消えてしまい、韓国、中国、タイ、インドネシアのものに置き換わっております。日本に居いるとなかなか気づかないきびしい現実です。

話を戻して、私の最初の赴任国であるインドネシアとのつながりは、1991年からまでの6年間の長期滞在が始まりです。

インドネシアの基礎知識

ほぼ赤道直下に位置し、面積が日本の5倍ほどで、横幅はアメリカ大陸と同じくらいの長さで、東と西で2時間の時差があります。人口も世界で4位の2億7千万人が暮らしております。

宗教は国民の約87%がイスラム教で、世界で一番イスラム教徒の多い国として知られています。

建国は第二次世界大戦後の1945年8月17日で、まだ76歳の若い国です。それと日本のおかげでオランダから独立出来たと思っている人も多く、対日感情は非常に良いと思われます。

それと日本人観光客のリピーターがトップクラスのバリ島が、東西のほぼ中心部にあります。日本人の中には、バリ島がインドネシアと言うことを知らない人が、今でもかなりいると思われます。

私は今でもジャカルタで疲れた時には、バリ島へ休養に行く。バリ島はヒンドゥー教で別の国に来た感じがします。

デビ婦人とインドネシア

今では日本の誰でも知っているデビ婦人ですが、インドネシアでも有名人の一人です。彼女は1962年に、インドネシアの建国の父と言われているスカルノ大統領の4人いる夫人の第3夫人として結婚しております。その三年後の1965年に起きた軍事クーデターにより、スカルノは失脚し、デビ婦人は国外に逃亡したわけです。

今でも美人のデビ婦人ですが、若い時は本当に知的で美しい女性です

インドネシアの一夫多妻制度

話は多少逸れますが、インドネシアではまだイスラム教徒は4人まで妻を持つことが認められております。ただ私は実際に多妻の人に会ったことはありません。

イスラム法では、もし二番目の妻をもらう場合、一人目の奥さんの許可をもらう必要があります。もし、もらえたとしても、それぞれの妻との間に差別をしてはいけない等の決まりもあります。

インドネシアの女性も日本女性と同様で嫉妬深いことや、よほどのお金が無いと二人平等に扱うことは難しいそうです。

次回予告

定年後の海外生活と聞くと羨ましがる人がおりますが、自分でもまだ良いのか悪いのか分りません。次回はそんな私のインドネシアの日常生活に於ける、居住環境や必要経費等を紹介したいと思います。

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