アクティブシニア・ヴィレッジ構想(バリ島)(その4)
(健康で生きがいのあるシニアライフの創造)
本テーマ
今回は、前回のNo.16アクテイブシニア・タウン構想(その3)の続編で、「バリの文化について」から始めたいと思います。
この文化と言うものに関してですが、アメリカの人と話すと自分たちの国は歴史が浅いと言います。ヨーロッパ、中国や日本などに来ては、羨ましい感覚で歴史遺産などを訪ね歩いております。
そういった意味からも、リゾート地の中ではバリ島は歴史、言い換えれば文化があるように感じます。
1.バリ舞踊
バリダンスを最初に見たのは30年以上前で、一緒に仕事をしていた商社マンの人ときたバリ観光の時でした。
ウブドゥ(Ubud)のお寺で行われていた、少女が演じるカエルの踊りでした。
今と違って観光客相手のものではなく、バリの人たちの宗教行事的な踊りでした。
その時は、しばらく見ていると踊っている少女が人間に見えなくなり、別の生き物に見え、怖くなってしまったことを思い出します。
また日本からの観光ツアーには、必ずと言って良いほどバリダンス鑑賞が含まれております。
ほとんどの方は前知識も無く、連れて来られたから、観ているという人がほとんどだと思います。
しかしバリダンスにはそれぞれ意味(シナリオ)があり、それを知ってから見ることで,
魅力が倍増すると思います。
代表的なものとしては、以下の踊りがあります。
①バロンダンス
ヒンドゥ教は、悪があることによって善が存在すると言う考え方です。
バロンとは森にすむ聖獣と言われており、普段は村を守る身体として寺院の祠に置かれています。
それに対するのが、超自然の力を持つと言われている魔女ランダです。
踊り中では、善の象徴であるバロンと悪の化身であるランダの、終わりなき戦いが繰り広げられます。
今では観光客用の舞台で、昼間に毎日踊られるほど人気のアトラクションです。宗教色はあまり感じられないが、子供でも飽きないで観ていられると思います。
また踊りに併せて演奏される、バリの楽器(ガムラン)を用いた生演奏も聞きごたえがあります。
②レゴンダンス
もともとバリ王朝時代の宮廷内での、娯楽から始まったと言われています。
まずは三人の宮廷侍女(チョンドン)の序幕の踊りから始まります。くりっと大きく開かれた目と、しなやかな指先がとても魅力的出す。
その後に主役のラッサム王とランケサリ姫が登場します。
ストーリーとしては、ラッサム王が嫌がる姫に強引に求婚するのですが、姫は婚約者が助けに来ると信じ拒絶する。
彼女は王に自分を自由にしなければ戦争が起こり、あなたは死ぬと忠告する。
王は戦いを選び進軍するが、不吉な運命を暗示する鳥(チェンドン)に会い、鳥との戦いの舞が繰り広げられる。
③ケチャダンス
見る価値が一番高いと思うのがこのケチャダンスです。
一切楽器を使わず大勢の男性合唱にで進められます。
ケチャダンスは1920年代後半に発展したと言われている。
このダンスは、ヒンドゥ教の聖典の「ラーマーヤナ」の物語に基ずくもので、ハヌマーン率いる猿の軍団が、魔王ラーブァナと戦う王子ラーマを助ける戦いを演じています。
大勢(百人以上の時もあるとのこと)の上半身裸に腰布巻いた男性が、燃え立つ竹の松明の周りに円陣を組んで座り、合唱して体をリズミカルに動かす。
大勢の男性がチャ、チャ、チャと唱える中に、リーダー役の人が居り、彼の口頭での支持に基づき、始まりの合図や、リズムが変化したり、歌を歌う人が出たり、終わりの合図が発せられる。
このダンスは夜の6時過ぎから始まり、1時間の長丁場のダンスである。
私もまだ子供が小学生だった時に、ウブドゥ村の寺院で行われたケチャを観に行きましたが、途中で子供が飽きてしまったことを思い出しました。
バリス(Baris)
戦士の舞と呼ばれる踊りで、悪魔祓いとして奉納されていた。最近は子供によって踊られるものに変わっている。
オレッグ・タムリリンガン(Oleg Tambulilingan)
男女がペアーになって、ミツバチが花に戯れる光景を演じている。
まだまだ紹介できていない演目が多々ありますが、バリダンスに関する話はこのぐらいにしたいと思います。とにかく一見の価値があるので、一度は観に行ってください。
2.バリのガムラン(Gamelan)音楽
バリの空港に着くと、日本では聞いたことのない独特の音色が聞こえてきます。「ガムラン」とは古代ジャワ語の「たたく、打つ、つかむ」等の意味を持つとのことです。
ガムラン楽器の青銅打楽器をたたく音色が、聞く人を異次元へ引き込みます。
バリの文化のもう一がこのバリ音楽です。
先ほどのバリダンスとは切っても切れないものです。(ただしケチャダンスは、一切楽器を使いませんが)
私自身、音楽音痴で日本でもあまり音楽を聞くことがありません。
それでもたまに二階のテラスでビールを飲む時などに、バリの音楽を流すことがあります。
バリミュージックを文才の無い私が、皆様にお伝えるのは限界がありますので、下に張り付けたWebサイトへ飛んで聞いた観てください。
https://www.bing.com/videos/search?q=bali+gamelan+music&&view=detail&mid=CCD9FA95F567EBE4F007CCD9FA95F567EBE4F007&&FORM=VRDGAR&ru=%2Fvideos%2Fsearch%3Fq%3Dbali%2520gamelan%2520music%26%26FORM%3DVDVVXX
3.結び
今回のブログを更新するのに、かなり時間が空いてしまいました。
その理由は、バリに関するブログを書いているうちに、バリに行きたくなってしまい、一週間ほどバリへ行って行っておりました。そのため、ブログを書くのが遅れてしまいました。
今日は5月6日でイスラム正月のまっただ中です。
2日の夜に断食が明け、インドネシアの人たちは一斉に田舎へ帰りました。
ここ二年間コロナの影響で、インドネシアの国では警察と軍隊が出て帰省を統制しおりました。
今年はすべて解放され、その反動か田舎へ向かう道路は大渋滞でした。
一方昔の日本,すなわち東京の正月三が日のようで、ジャカルタ市内はガラガラで、レストランもスーパーもみんな閉まっています。
日本のお盆の時期と同じで、交通機関は満杯で値段は高騰しております。
バリなどの行楽地も大変な込み具合で、ホテルも今までの2倍から3倍の値段になってしまいました。
私はそれを見越して、まだ断食の開けない4月の最終週にバリまで行って来ました。
今回はローカルパートナーの勧めで、初めてジャカルタからバリまで、予定運行時間24時間の長距離バスでの移動を試みました。
次回のブログは、二年ぶりの訪れたバリの状況を報告したいと思います。
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